甲斐犬の陸 ふたご座流星群

12月も半分過ぎちゃいましたね。
里の紅葉も盛りを過ぎて気温もだいぶ下がってきました。
朝とか深夜は寒いです。

陸の散歩は夜が多いので、たくさん着込みます。
冬山の寒さは気持ちがいいのですが、里の寒さは身に応えます。

きょうは双子座流星群の日です。
活動のピークは12月15日午前2時頃。
月はまだ明るいですが快晴の夜空です。
たくさん着込んで庭に出てみました。
1月はしぶんぎ座流星群、8月はペルセウス座流星群、11月はしし座流星群。
おまけに、先日の皆既月食。
大気を通して天空に広がる宇宙を身近なものに感じます。
天文ショーは見ていて楽しい。

深夜1時過ぎ、陸と一緒に夜空の観察です。
写真も撮りました。
コンパクトカメラの Canon PowerShot SX230HS を三脚に乗っけて、
モードはマニュアル。
絞りはF3.5、シャッタースピードはこのカメラ最長の15秒。
シャッターはタイマーをカスタムして、3秒6枚撮りで手ぶれを防ぎました。
撮影後はデータを PhotoShop で黒をほんの少しだけ上げて、
ネットの低解像度でも星が見えるようにしました。
部屋を暗くして見てください(笑)
トリミングもしています。
午前1時半頃から3時半まで、バッテリー2個を使い切って夜空を撮り続けましたが、
残念ながら流れ星は1個もフレームに捉えることは出来ませんでした。
肉眼では10個ほどの大小の流れ星を見ることができ、大満足ではありますが。
撮影機材が非力なため、15秒間のバルブ撮影の後に約12秒間の処理時間があり、
その間はたぶん撮影されていないと思われます。
2回ほどいい位置に星が流れたのですが、
その時はカメラが処理作業中で写真には写りませんでした (^◇^;)
寒さの中で陸もよく耐えていました。
三脚の足元に丸くなってじっとしていました。
かわいそうなので、1時間ほどで小屋に返してあげました。
オリオン座の帯です ↓
流れ星写ってないですね・・・・

甲斐犬の陸 皆既月食

今年も残すところ3週間ですね。
なんだかあっという間に1年が過ぎて行ってしまうような。
2011年の残りも来年の2012年もいい年でありますように願うばかりです。

今日はいい天気でしたね。
陸と久しぶりの長い散歩をしてきました。
里山の紅葉ももうすぐ終わりです。
気候も寒いくらいで歩いていて気持ちよかたです。
今日は皆既月食がありました。
夜中の23時18分の写真 ↓
月がすっぽりと地球の影に入ったところです。
薄暗く赤い月が星空を背景に浮かんでいます。
不思議な雰囲気の夜空でした。
いつもの満月なら、月が明るすぎて周りの星がよく見えないのですが、
皆既月食の赤い月と星の輝きがちょうどいいコントラストで、
美しい夜空でした。
寒い夜でしたが陸と一緒に観ました まる

The US, Not Japan, Was The Aggressor

The US, Not Japan, Was The Aggressor
Gen. Douglas MacArthur testified before the Senate Armed Services and Foreign
Relations Committee, 82nd Congress, on May3. 1951. He said that "They [the
Japanese leadership] feared that if those supplies [raw materials] were cut off,
there would be 10 to 12 million people unoccupied [unemployed] in Japan. Their
purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.”
Clearly, MacArthur, who held the higest authority over the Tokyo Trials, denied
the Trials' final judgment that Japan was the "aggressor" in the Pacific War.
Japan has been called the aggressor since the Pearl Harbor attack is generally
characterized as a “sneak attack”. However, it was not Japan that decided to
strike the first blow but the United States. On July 23, 1941, five months prior
to the Pearl Harbor attack, President Franklin D. Roosevelt signed JB355, a plan
to bomb Japan via China during Japan-US negotiation. (The document that verifies
this fact is cited as within the essay.)
It is definitely clear that the U.S., not Japan, was the aggressor. This paper
comprehensively proves this fact.
*Summary: http://www.sdh-fact.com/CL02_1/82_S2.pdf
*Full text: http://www.sdh-fact.com/CL02_1/82_S4.pdf
資料抜粋ここまで
*************************************************
今日は12月8日。
70年前に太平洋戦争が始まった日です。
日本テレビ、NEWS ZEROで「日本はなぜ70年前に太平洋戦争に突入したのか」という特集をやっていました。
大手マスコミがこれをどのように扱うのか。
内容はかなりガッカリ ( ̄0 ̄)
戦後ずっと言われ続けてきたお決まりの、日本軍が真珠湾を奇襲攻撃して太平洋戦争がはじまったで始まり、内容は一気に、東京大空襲で多くの市民が死んだ。悲惨だった。それを子供の時に空襲を体験したある作家のインタビューでまとめていました。
なぜ日本は戦争に突入したのかが語られていない。
ちゃんと観ていたが、そのことを見落としたのか???
ABCD包囲網やハルノートについても一言も触れていない。
期待はしていませんが、あまりにも・・・・・
終戦後すぐ、ルーズベルト大統領が日本を強引に戦争に引きずり込んだやり方は、
米国議会でも問題になりながら、トルーマン大統領によって握り潰された事実が、
今は誰でも知ることが出来るのに、日本のマスコミはそのことに触れない。
小中高校の近代史も相変わらず自虐史観のまま。
米国も認めていることなのに日本では公式に広報できない。
日本の国政を米国に蹂躙され、詐欺のような規制緩和を認めたために、
優良企業の株式の多くを湯田屋に買い占められ、
日本中の大型商店の多くは米国の意を汲むハントウやソウカが経営するという情けない状態。
敗戦国の悲哀と言うことでしょうか。
上記英文と下記文章は、知人がメールしてくれた資料の抜粋です。
世の流れを判断する一助にしていただければと思い、
今日はこの様な内容のブログに敢えてしてみました。
これらの情報も決して盲信することなく、読まれた方の知識のひとつに加えていただきたい。
そして、ご納得いただければ、次の代へと伝えていただければ幸いです。
*********************************************
下記資料抜粋
東京裁判で日本侵略者の判決を下してからわずか2年半後の1951年5月3日、その
最高責任者であったマッカーサー元帥は、上院軍事外交委員会において、「彼らが戦争に
飛び込んで行った動機は、大部分が安全保障の必要性に迫られてのことだったのです」と
証言しました。日本の真珠湾攻撃は正当な「自衛権」の行使であることを認めたわけです。
実は、経済封鎖は戦争行為であることはパリ不戦条約作成者の一人であるケロッグ国務
長官が上院軍事外交委員会で明確に認めていました。(何と真珠湾攻撃の丁度13年前の
12月7日でした)即ち、アメリカの経済封鎖という「戦争行為」に対して日本は自衛権
を行使したのです。
アメリカの日本に対する戦争行為は経済封鎖に限りませんでした。アメリカは中国を通
じて日本の本土爆撃を行う計画を立てていました。大統領補佐官ロークリン・カリ―(べ
ノナ文書でコミンテルン工作員であることが明らかとなっています)が推進者となって
陸海軍合同委員会でまとめた日本本土爆撃計画JB355が大統領に提出されたのは、
真珠湾攻撃の5か月前の7月18日でした。ルーズベルトはこの日本攻撃計画にOKの
サインを7月23日にしました。
「戦争を起こしたのはアメリカである」(茂木弘道)
http://hassin.org/01/wp-content/uploads/THE-US.pdf
は、『伝統と革新』(たちばな出版)の最近号(第6号)に掲載されたものです。ここ
にルーズベルトがJB355計画に承認のサインをした文書のコピーが載っています。
アメリカは日本に対する先制攻撃の決定を日米交渉のさなかに行っていたのです。
甲斐犬の陸 命日

庭のキンカンが色づいてきました。
ほどよい甘さと酸味、
キンカン独特の香りが口の中に広がりました。
美味しいです。
今年は柚子のできが良くないですが、
キンカンは美味しくなりました。

12月7日。
今日は伯父の命日。
母の兄の墓参に行ってきました。
陸も一緒です。

午後、家をゆっくり出てきたので、冬至間近の太陽は山際に近づき、
墓地の周辺を赤く照らしはじめていました。
風はなく、この時期にしては暖かかったので助かりました。
四人兄弟の母。
長兄は、大東亜戦争に出征し戦死しました。
母が言うには、兄は学業が優秀で家族にも動物にも優しく自慢の兄だったそうです。

墓石には伯父のことが書いてあります。
「 享年二十二歳 」
我が家の長男と同じ歳だね。
戦死の報を聞いた時の今は亡き祖父母の気持ちをあらためて想う。
「 故陸軍少佐 遠藤 栄 」(戦死による二階級特進)
「 県立厚木中学校ヨリ陸軍予科士官学校ヲ経テ陸軍航空士官学校ヲ卒業 」
陸軍の航空隊では、中尉として戦闘機「隼」に搭乗し、
護国隊の隊長を務めていたそうです。
「 昭和十九年十二月七日 比島オルモック湾ニテ敵艦船ニ体當リ戦死ス 」
(文林堂「世界の傑作機no.65/陸軍1式戦闘機・隼」より)以前NHKの番組でインタビューを受けた母の答えに、
あの当時の人の気持ちの一端を見た思いがしました。
ふだん温厚な母が背筋を伸ばし毅然と答えていました。
「 みな国の行く末を思い戦争に行ったのです。犬死になんて誰も思っていません。 」
女学生の学徒動員で戦争に臨んでいたその時の母の姿が甦って見えるようでした。
戦後教育やテレビで観せられる暗い日本とは違う、
別の日本があるに違いないと思った瞬間でした。

お寺のお坊ちゃまたちに遊んでもらっている陸です(笑)
子供や女性が大好きな陸は大喜びです。
あっちやこっちに連れ回されても、
陸は喜んでついて行って遊んでいました。
10年後、この子たちや次の世代が豊で平穏に暮らしていける日本であるのか。
敗戦によって米国の属国として未だ思い通りの国政が出来ないでいる日本。
身勝手な米国に国政を蹂躙されて、これからさらに暗い日本になっていくと思われます。
とりあえず、TPP参加に反対し、批准をさせないようにしないと、
日本の一般国民の未来は無いとされています。
来年の夏、第二の敗戦を迎えないために、
日本の国政や世界の情勢を注視し、声を上げなければならない時代に、すでになってしまったのです。

甲斐犬の陸 陸の公園
きょうは寒かったですね。
朝も雨だったし。
近所の陸の公園。

この陸の公園は、隣町にあり、
陸と散歩していて偶然見付けたものです。
多摩丘陵の里山に囲まれ、なだらかな丘やゆるい谷が続いていて、
遊歩道をたどるのも面白いですが、雑木林の中を歩き回っても陸は喜んでくれます。

ちょうど紅葉も盛りを過ぎて、落葉が進み、林の中にも光が入って明るい雰囲気です。
この日はあいにく小雨が降ったりしていたので、あまり林の中には入りませんでしたが、
これからどんどん寒くなっていけばダニも少なくなるので、
陸の大好きなブッシュにもガンガン入れるし、
陸の散歩コースとしてはお手頃な場所かと思います。
ただ、残念なことは、住宅地が近いので、リードフリーには出来ないことと、
時間帯によっては、犬の散歩にやってくる近所の人がわりと多いので、
すれ違う相手が♂犬だったりすると面倒かなと思ったりしています。

もう少し早くこの陸の公園に気づけば、紅葉に彩られた林の中を歩けたのに、
来年の課題と言うことにしましょう。
それでも、まだ部分的にはきれいなモミジの葉っぱが残っていたりします。
足元に散っていた葉っぱを陸の背中に飾り付けてみると意外と似合う。
写真は撮れなかったけど、陸の額に葉っぱを載っけてみると陸はかわいい。
アクセントで、陸の顔に葉っぱをくっつけておいたら、
またまた女子大生にもてるかもしれないな。


↓ 太い木の幹に、ウラボシ科のミヤマノキシノブというシダの一種と思われる植物が共生していました。
いつもは陸のペースに会わせて山の中を駆け回っているのですが、
よく見ると里山にもいろいろな生き物が棲んでいますね。
気候も涼しくなってきましたので、陸の散歩時間をもう少し早くして、
近所の自然を楽しんでみるのもいいかもしれませんね。

朝も雨だったし。
近所の陸の公園。

この陸の公園は、隣町にあり、
陸と散歩していて偶然見付けたものです。
多摩丘陵の里山に囲まれ、なだらかな丘やゆるい谷が続いていて、
遊歩道をたどるのも面白いですが、雑木林の中を歩き回っても陸は喜んでくれます。

ちょうど紅葉も盛りを過ぎて、落葉が進み、林の中にも光が入って明るい雰囲気です。
この日はあいにく小雨が降ったりしていたので、あまり林の中には入りませんでしたが、
これからどんどん寒くなっていけばダニも少なくなるので、
陸の大好きなブッシュにもガンガン入れるし、
陸の散歩コースとしてはお手頃な場所かと思います。
ただ、残念なことは、住宅地が近いので、リードフリーには出来ないことと、
時間帯によっては、犬の散歩にやってくる近所の人がわりと多いので、
すれ違う相手が♂犬だったりすると面倒かなと思ったりしています。

もう少し早くこの陸の公園に気づけば、紅葉に彩られた林の中を歩けたのに、
来年の課題と言うことにしましょう。
それでも、まだ部分的にはきれいなモミジの葉っぱが残っていたりします。
足元に散っていた葉っぱを陸の背中に飾り付けてみると意外と似合う。
写真は撮れなかったけど、陸の額に葉っぱを載っけてみると陸はかわいい。
アクセントで、陸の顔に葉っぱをくっつけておいたら、
またまた女子大生にもてるかもしれないな。


↓ 太い木の幹に、ウラボシ科のミヤマノキシノブというシダの一種と思われる植物が共生していました。
いつもは陸のペースに会わせて山の中を駆け回っているのですが、
よく見ると里山にもいろいろな生き物が棲んでいますね。
気候も涼しくなってきましたので、陸の散歩時間をもう少し早くして、
近所の自然を楽しんでみるのもいいかもしれませんね。

立山初滑り 動画
11月22日から24日にかけて富山県の立山に、今シーズン初めてのスキーに行ってきました。
今年の雪の状態は、いつもより少なく、思い通りの滑りは出来なかったのですが、
風下などの雪の多いところを選んで、立山の上質のパウダーを堪能することが出来ました。
ひとつ前の「立山初滑り」も参照してください。
立山初滑り
今年もやってまいりました雪山シーズン。
震災や放射能なんかにへこたれていられませんからね。前向きに前向きに!!
いつもの様にお仲間と山に入り、汗を流し、温泉に入ってお酒を飲む。
これでまた一年間皆に優しくできる。

富山県の立山。
この時期としては積雪が少なく、
吹きだまりを探しながらの初滑りとなりました。

こちらは剣岳。
映画「点の記」で有名になりました。
岩だらけの山肌に雪をまとい、荘厳な美しくさと言いますか、
そこだけ回りの雰囲気とは違う何かがあるんですね剣岳には。
今回は、雪山をスキーで滑るのがテーマなので、
剣岳は眺めるだけです。
室堂から剣御前を越えて、剣沢の大斜面を一本だけ滑りました。
一本だけと言いましても、
帰りはスキーの滑走面にシールを付けて、
20分も30分もかけて登り返さなければならないので大変です。
天候も下り坂で、稜線の剣御前は強風でもの凄い雪煙が上がっています。
帰りに、あの稜線を越えて無事に室堂側に戻れるのか心配しながらの滑走でした。
それでも剣沢の一本は素晴らしかったです。
大斜面のバージンスノーに、皆さん思い通りにラインを描いていました。
来て良かったです!!
剣沢の後は、強風のスキをついて剣御前を越え、
雪の少ない雷鳥沢を平行移動しながら、
何本も滑ることが出来、もう、くったくたになりました。

11月下旬。
雪が少ないです。
自然相手なので、雪が豊富な時もあれば、こんな時もあります。
写真の階段は、いつもだと雪に埋もれ、道しるべの竹ざおが見えるだけなんですが。

こちらは定宿の雷鳥荘。
掛け流しの温泉があります。
写真左下奥が地獄谷なんですが、
そこの源泉からをお湯をポンプアップしています。
身体が温まります。
筋肉の疲れが取れます。
気持ちがいいです!!!!

更にこちら、お決まりの企画会議。
次はどこに行こうかと話は尽きません。
二日目の晩には、Dr.K&Tご夫妻も合流です。

最近、ふるい仕事仲間が事故や病気で鬼籍に入られた
渡辺正和さん
細田 充さん
磯貝 猛さん
木野広明さん
室堂・雷鳥荘の湯につかり 遠く富山の街の灯を眺めて彼らを想う
諸行無常の響きあり
合掌
陸は留守番です。
震災や放射能なんかにへこたれていられませんからね。前向きに前向きに!!
いつもの様にお仲間と山に入り、汗を流し、温泉に入ってお酒を飲む。
これでまた一年間皆に優しくできる。

富山県の立山。
この時期としては積雪が少なく、
吹きだまりを探しながらの初滑りとなりました。

こちらは剣岳。
映画「点の記」で有名になりました。
岩だらけの山肌に雪をまとい、荘厳な美しくさと言いますか、
そこだけ回りの雰囲気とは違う何かがあるんですね剣岳には。
今回は、雪山をスキーで滑るのがテーマなので、
剣岳は眺めるだけです。
室堂から剣御前を越えて、剣沢の大斜面を一本だけ滑りました。
一本だけと言いましても、
帰りはスキーの滑走面にシールを付けて、
20分も30分もかけて登り返さなければならないので大変です。
天候も下り坂で、稜線の剣御前は強風でもの凄い雪煙が上がっています。
帰りに、あの稜線を越えて無事に室堂側に戻れるのか心配しながらの滑走でした。
それでも剣沢の一本は素晴らしかったです。
大斜面のバージンスノーに、皆さん思い通りにラインを描いていました。
来て良かったです!!
剣沢の後は、強風のスキをついて剣御前を越え、
雪の少ない雷鳥沢を平行移動しながら、
何本も滑ることが出来、もう、くったくたになりました。

11月下旬。
雪が少ないです。
自然相手なので、雪が豊富な時もあれば、こんな時もあります。
写真の階段は、いつもだと雪に埋もれ、道しるべの竹ざおが見えるだけなんですが。

こちらは定宿の雷鳥荘。
掛け流しの温泉があります。
写真左下奥が地獄谷なんですが、
そこの源泉からをお湯をポンプアップしています。
身体が温まります。
筋肉の疲れが取れます。
気持ちがいいです!!!!

更にこちら、お決まりの企画会議。
次はどこに行こうかと話は尽きません。
二日目の晩には、Dr.K&Tご夫妻も合流です。

最近、ふるい仕事仲間が事故や病気で鬼籍に入られた
渡辺正和さん
細田 充さん
磯貝 猛さん
木野広明さん
室堂・雷鳥荘の湯につかり 遠く富山の街の灯を眺めて彼らを想う
諸行無常の響きあり
合掌
陸は留守番です。
甲斐犬の陸 陸のグラウンド
今日は自宅で仕事でした。
薄暗い部屋でパソコンを眺めていると、何だかグダグダと疲れてきます。
足元で昼寝していた陸が寄って来て、散歩に行きたいと言っています。
見上げる陸の瞳は、期待感でキラキラと輝いています。
かわいいです。

と言うわけで、
午後、陸の自転車に乗って散歩に出かけました。
あっ、ねこたさん、パンク直しましたよ \(^_^
まだ暖かい時間だったので、久しぶりに「陸のグラウンド」に行くことにしました。
「陸のグラウンド」は、ある施設の中にあります。
施設の中の車道を奥まで進み森を抜けた所にある野球場と陸上競技場が「陸のグラウンド」です。
↑ 上の写真は、そのグラウンドの手前、前の台風で並木が折られて道をふさいでいました。

「陸のグラウンド」には、いくつか入口があるのですが、
陸が使っている裏口は、台風の被害がそのままで、未だ片付けられていない様子。
立派な道が付いているのに、もともと利用する人は少なかったので問題ないのでしょうね。
だからいつも静かな陸の散歩が出来るわけで。

「陸のグラウンド」にも、強風で折られた太い幹がいくつも落ちていました。
こんなでっかい物が落ちてきたら命危ないですよね。
台風も怖いです。
地震も怖いです。津波も怖いです。TPPも怖いです。












